読みにくい日記

病みツイートを掻き集めたみたいな

うたちゃんになりたい

いきなりですが題のうたちゃんになりたい、は正直何も関係ありません。

あと1番最初の投稿なのに駄文of駄文だけど駄文をのっける場にするのでもう知らん。

大学に入ってから下心ばかりの人間関係で疲れる。ここでいう下心って別に異性に対するあれではなくて心の底の企み、というか本心、というかそれのこと。わたしに何も期待しないひととだけといたいと思うようになった。期待しない人がいいというのは何故かというとつまり期待を裏切りたくないからで、期待を裏切ったら見捨てられる恐怖がある、人から見捨てられたくない、期待ハズレだと思われたくない。だからわたしになにも期待しない人とだけ関わっていたいと思うようになりました。

例えばわかりやすくいうと憧れる人がいて、その憧れの人と繋がってる人と知り合う機会があったら、もちろん人は媚を売るでしょう?媚を売るなんて言ったら嫌な言い方だけど、憧れの人と繋がるためその人とも仲良くしようとするでしょう?まあこれは極端に且つわかりやすく人を利用している例だけれど。それかあとは中学や高校でイケてる女の子集団と仲良くしようとすることとだとかもそうなのかな。人があえてイケてる女の子たちと仲良くしようとするのは、その子たちの人間性に惹かれたというよりは学校内での立ち位置に惹かれて仲良くしている、というパターンが多いと思う、もちろん例外もあるが。まあそんな例じゃなくてもっと普通に、じゃあ、その人が持つステータスに惹かれて仲良くするだとかって誰でもあるでしょう?顔がかっこいいことかわいいことだったり、何か自分にできないことができる、もしくは自分より何かが長けているからだったり、金持ちなところだったりそういうステータス。こう言うと別にわたしはそんな無理して仲良くしようとしたりはしてないけどなあという人もいるかもしれないけどこれって意外とみんな日常的にやってることで、集団内での立ち位置が強い人間と絶対みんな仲良くしようとするし、それはまあ考えりゃ超当たり前のことで立ち位置が強いやつと仲良くすれば強いやつから利権を得ることができて自分の立場も守られるし、そういうわけで誰しもがある程度無意識的に媚を売りながら生きてるとは思う。それが上手な生き方だっちゅーのはわかっているしみんな要所要所でそれを自然にやりながら生きているというのもわかってるんだけどなんかそういうのに疲れてしまって。だって自分が相手の何かに惹かれて仲良くしようとしたのならもちろん向こうだって、わたしのもつ何かに惹かれて、わたしと仲良くしてくれようとすることだってあるわけで。なんだかすごい自惚れのようだけど例えわたしが何にも持ってなくたって何かを持ってると相手は想像するかもしれないでしょ?その時点で少し期待をかけられている、気がしちゃうんですね。何度も言うけどこれ当たり前のことだし生きてく上で多くの人はこれやってると思うけどわたしの場合、その人と関係を続けるうちに、わたしはこの人の期待に応えられただろうか、この人がわたしに垣間見たステータスをほんとに持っているのだろうか?とか心配になってしまう。「なーんだ大したことないじゃんこいつ」って思われて捨てられるんじゃないかってすごい心配になってしまう。そのせいでうまく人間関係を築けない。 なんでみんなはらそういう関係にもまれながら生きることができるのか本当にわからない。この人の期待に応えられてなくない?どうしよう、、もう無理だ捨てられる、、、捨てられる前に関係を断とう、、、みたいに思って自分から連絡とらなくなる。そうやって疲れたーって言っていろいろな繋がりを自分で遮断してしまう。引きこもりロードまっしぐらだな。

と、ここで気づいたんだけど、これ読んでえ?は?別にそんなステータスとか考えずに普通に喋るだろって思った人(たぶんそういう人のが多いと思うが)そういう人たちはわたしより帰属する組織がちゃんとある人たちもしくは、確固たる自分、がある人だと思う。(この「確固たる自分」の話はまた今度します。)特定のコミュニティに入ってるなら、その時点でステータスとか考えずにとりあえずある程度仲は深めるだろうしね。

ただわたしみたいに特定のコミュニティにあまり帰属せずして生きてるやつは本当に、きっかけや理由がないと人と繋がれない。じゃあわたしのこの不満、何かコミュニティに参加すれば解決するのでは?と今思いました。終了です。

たぶんここ最近、そうやってステータスを見込んでの関係を作る機会が多すぎた。いや、ステータスじゃないにしろ、自分という人間に興味持ってもらえるようにブランディングしようとしたり、自分のアイデンティティ(?)を売りに人と絡もうとしたり、そういう機会が多すぎた。いろいろな人たちに出会っていろいろな人たちに審査されるみたいな気分になってた。就活みたいだな。最悪じゃん。人と人の関係をそんな面接みたいに考える自分の頭、嫌い。

 

まあそんなわけで人間、疲れたってなってもうぜんぜん外向性ゼロなんですがその状態でも会ってるみなさんはわたしが何の期待もせず付き合えるお友達です。ので。そういうお友達が増えたら、幸せだと、思います。また話逸れるけど、だからわたし趣味とか全く違くて共有する時間も全くないのに仲のいい友達の存在すごいと思うんだよね。話すのに理由がいらないというかね。まあいいやもう終わりにしよう。

まあ今回考えたこれは結構、なんか、どうしようもなかくだらない考えごとなんだけど、

そっから派生して先ほどの、人との関係を作る上で確固たる自分を持ってる人と構造主義的に関係を作る人、についても思うところあるので今度言います。あとステータスがうんたらの今回の話を恋愛に置き換えると、恋人は代替可能か不可能かとか、永遠のテーマだと思うので。それも、またいつか。

たぶんわたしこれからこうやって文章書くけどどの文章も何言ってるかわからないだろうし、どの意見発言にも責任取りません!!!!!!!!全世界に発信するけどな!!